第一話 牙

3.語


虎女は一匹の魚を囲炉裏端から抜いた。 焼け具合を確かめてから侍に差し出す。

彼はちょっとためらってから、左手を伸ばして囲炉裏越しにそれを受け取る。

虎女は別の魚を抜き、ふぅふぅと魚を吹いてから、がぶりとかぶりつく。

侍は虎女の真意を測りかねたが、悪意があるようには思えない。 結局旨そうな魚の匂いに負けてそれを口にした。

(塩があればなおよかったな…) そう思いながら上目使いに虎女を見る。

胡坐をかいて焼けた魚を骨ごと豪快に貪り食う虎女…似合っているようで妙な違和感を感じる。

(そうか…)侍は違和感の正体に気がついた。 「獣」が火を通した魚を食べているからだ。


程なく一匹目の魚が二人の腹に納まる。 

(土産を持ってきてくれたのだから…) 気分的にはもてなしをしたいが握り飯は食べてしまった。 

侍は湯のみをもって立ち上がり、水がめに歩み寄ると柄杓で水を汲んで湯のみをすすいだ。

そして囲炉裏端に戻ると湯のみに酒を注ぎ、ずいと突き出した。

虎女は瞬きをすると、逞しい腕を伸ばして湯のみを受け取った。

湯飲みを目の前に持ってくると、微かに鼻を鳴らすして中身を嗅ぐ。 一気にあおるかと思ったが、彼女は舌を出すと
ペチャペチャと舐め始めた。

(…) 愛嬌のある仕草に侍の表情が緩む。

パチン… 薪がはぜる音だけが大きく響く。


「…何故だ…」

その声を虎女が発したと気がつくまで少しかかった。

「…何故とは…」聞き返しながら、茶碗に酒を注ぎ足す。(言葉が話せたのか…)

「何故、あの鉄の顎を開けた」どうやら彼女を逃がした理由を聞いているようだ。 感謝するでもなくなじる様でもない

、ただ淡々と疑問を口にしているようだ。

「…ふむ…なんとなくかな」 理由はない、ただそうしたかったというのが本音だった。

「そうか…」 虎女は首を傾けた。 チャラ… 何か固いものが触れ合う音がした。

その音の源を捜した侍は、虎女が何か首に掛けているのに気がついた。

(…牙か?) 尖った牙が、坊主が首にかける数珠のようにして虎女の首にかけられている。 

じっと見ている気配に気がついたのか、虎女が魚を喰らう手を休め、つと面を上げた。 二人の視線が交錯し、”なん

だ?”と虎女が目で問うてくる。

獣と目を合わせるのは喧嘩を売るようなものだったと頭の片隅で思い出し、少し慌てて「…いや、お主の掛けている

…それはなんだ?」

虎女は魚から口を離して、『首飾り』を触り”これか?”と仕草で問う。 侍が頷く。

「…父の母の牙…母の母の牙…母の母の母…」 侍は虎女を手で制した。

「祖先の牙という訳だな」侍の言葉に虎女は頷く。


また沈黙が訪れた。

侍は何か話しかけようとたが、相手の名がわからない。 あればの話だが。

「お主。名はあるか」「名?」予想通りの様だ。

「…その…互いを呼び合う時はどうしている?」返事の代わりに虎女が侍を指差す。 どうやらその仕草で済ませてい

るようだ。

「…その場にいない者を呼ぶ時は?」

「その場にいない者に話をすることは出来まい」

「…う…うむ。では…死んだ者の話をする時は?」

虎女が牙の首飾りを指す。 (なるほど…では牙を残せなかったものは忘れ去られると言う事か)

くい、と茶碗を傾ける侍。

「…そうだ…母に聞いた事がある。遠い昔、お前達に「ふぅーにゃん」と呼ばれていたと言っていた」

ぷっ… 軽く酒を吹く。 その音の響きと力強い虎女の姿が結びつかなかったのだ。

次に頭の中で、その呼び名の持つ意味を考えた。

(ふぅ…「風」?…「闘」?…「数」?…まて…「虎娘」…)

「お前達は唐(から)から来たのか?」

「『から』?」虎娘には意味が判らなかったようだ。


侍は虎娘にいろいろと聞きたくなってきた。 しかし、彼女達と『人』の隔たりは小さくない様だ。 言葉は通じるが意味

がなかなか通じない。

「何故襲ってきた」

「お前が私の縄張りに入って来た」

「お前が村…人の縄張りに入って牛を殺したろうが」

「人は襲っていないぞ。第一お前達はあれを喰う様子はなかったぞ?」

「いや…あれは飼われていたのだ。人の代わりに働かせ…その、人の力で動かせないものを動かす為にだな…」

「…変なことをするのだな。(虎女は自分を指した)捕まえて代わりをさせるつもりだったのか?」

侍は次の言葉を捜す。 が、うまい言い方が見つからない。

「…お主を退治…殺すように頼まれたのだ…飯を食わせてもらう約束でな」

「頼まれた?」虎娘は不思議そうな顔をする。

「なぜそんな事をする?自分で食い物を捜せばいいのではないのか?」侍は虎娘の言葉に唸る。

自分が『よそ者の侍』であり、ここは『山城』の土地であり勝手は出来ないという事…それを虎娘に説明するのは無理

だと悟った。 そして…

(全くだな…)心の中で虎娘に同意する己がいた。


”労咳とな”

”は…”

”明日より出仕には及ばぬぞ”

”…”


”下働きで良いのだが…”

”直に働けなくなる者は使えネェだ…”

”!…”


(…くく…体が動けなくなれば野垂れ死に…これでは獣と変わらぬ…その上人は、身分だの国だのとややこしい物に

縛られておる…これならいっそ獣がましか…)

虎娘はじっと侍を見つめていた。

侍は彼女を見返して言った。

「…俺もまた…牛と同じよ…奴らに飼われておるのよ…」そう自嘲気味に言った。

「何故だ…お前は強かった…何故お前が飼われている」湯飲みを置きながら虎娘は言った。

「…強い…」意外な言葉だった。 昼間の戦いは虎娘が圧倒していた。 彼女が逃げ出したのはたまたま彼の気合が

勝ったからだろう。

しかし虎娘は言う。

「お前は強い…お前が欲しくなった」

「…?」侍は面食らう。 『欲しい』…とは?


虎娘は囲炉裏の向こうで四つんばいになり尻をこちらに向ける。 虎縞の長い尻尾が幟の様にユラユラと揺れる。 

締まった尻は半ばを虎縞で覆われ、肝心の部分は地肌がむき出しになっている。

熟れたアケビのように、赤黒く染まった其処が虎娘の想いを代弁している。

(…)侍は困惑し、次に苦笑した。

(なんと…虎娘も女子だったと言う訳か)

ゆらりと立ち上がり、囲炉裏をまわって虎娘の背後に出る。

虎娘の秘所は赤く色づき、テラテラと囲炉裏の明かりを映し出し、「艶かしい」と言うより「逞しい」と言う言葉が似合っ

ている。

ぐるるる…ぐるるる… 虎娘が喉を鳴らしす。侍を誘っているのだろう。 

正直な所気乗りはしない。 しかし虎娘を怒らせるも避けたい。

(さてもさても…渡辺の綱は茨城童子に腕を取り返されたと言うが…鬼娘の恩返しを拒んで男の魂を持っていかれた

なんぞという話を残されてはかなわんからな…)

褌の紐に手をかけながらそう思った。


ぐるるる…ぐぅぅぅぅ… 虎娘の声の調子が変わる。 あまり気は長くないようだ。

怒りかけているのか、虎娘の背中から陽炎のようなものが立ち昇る。

「急くな…む?」侍は奇妙な感じに囚われた。 

虎娘の体から立ち上る獣の匂い…不快ではないが…を嗅いだ途端…体に熱気を感じた

「ぐうっ?…うぐぐっ…」

戸惑いは一瞬だった。 狂おしいほどの欲望が巻き起こる。 目の前にいるこの女とまぐわいたい…いや、まぐわうの

だ!

ぐおおおっ!… びりびりびりっ!!… 後先考えずに着物を引き裂く。

ぐう…ぐううっ! 唸りながら下のものを破り捨てる…

ビュン…ドムッ 侍の男根がすさまじい勢いで跳ね上がり、へその下を叩いた。

侍は待ちかねている虎娘の尻をむんずと掴む。

ごろごろごろ… 甘えるような調子で喉を鳴らす虎娘。

あまりの興奮状態の為、激しくそそり立ち、ビクビクと震えて逃げ回るイチモツを握り締め、虎娘の秘所に宛がう。

ぐるるる… うぐぅぅぅぅ… 熱い! 虎娘の女陰は猛る狂う欲情の熱にたぎっている。

構わず腰を突きこもうとする侍。

ギッ…ギッギッギッ 亀頭がきしみ、陰茎がしなる。 虎娘の女陰は固く閉じられ、侍を拒んでいるかのようだ。

男根が折れそうな痛みに、腰が引けそうになる。

むわっ… 虎娘の獣の匂いが強くなる。

ぐっ… ぐおおおおおっ… 侍は吼えた。

虎娘の体はこう言っていた。 この守りを破って見せよ。 それができぬ程度の男ならば要らぬと。

ギチッギチッギチッ 猛り狂う欲情に男根が固く締まっていくような気がする。

侍は腰を捻り、熱い虎娘の女陰に男根を捻るように突きみ出した。

ミチッ…ミチッ… 男根が陰肉の門を打ち破っていく音が頭の中に響く。

ぐあっぐあっ…!! 吼えているのは侍か、虎娘か… 

そこには男女の駆け引きも、恋の語らいもない。 むき出しの獣のまぐわいが始まろうとしている。

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